大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和35年(ヨ)468号 決定 1961年1月19日

申請人 児島弘 外八名

被申請人 社会福祉法人広島厚生事業協会

主文

被申請人は申請人児島弘を従業員として取扱い、かつ同申請人に対し金六〇、九九〇円及び昭和三六年一月一日以降本案判決確定にいたるまで一ケ月につき金二〇、三三〇円を毎月二八日限り仮に支払え。

被申請人は申請人南清澄・同胡子忠義・同綿木信二・同三吉和人・同柏孝行・同田中正典・同沢田正太郎・同南波億美を休職中でない従業員として取扱い、かつ右申請人等に対し、昭和三六年一月一日以降本案判決確定にいたるまで一ケ月につきそれぞれ別紙債権表記載の金員を毎月二八日限り仮に支払え。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一、申請の趣旨

申請人等代理人は主文同旨の裁判を求めた。

第二、当裁判所の判断

一、申請人児島弘について

(一)  被保全権利について

疎明及び審尋の結果によると次の事実が一応認められる。

1 被申請人は精神病院広島静養院の設置、経営を目的とする社会福祉法人であり、申請人児島は昭和二九年頃から被申請人に傭われ、現在被申請人の従業員で構成する広島一般労働組合広島厚生事業協会支部長をしているものである。

2 昭和三四年一二月二六日新たな労働協約の締結等をめぐる被申請人と前記組合との紛争を解決するため、広島県地方労働委員会より提示された調停案にもとずき右紛争当事者間に次の協定が成立した。

(1) 双方とも調停案を受諾すること。

(2) 組合と協会は労使関係の安定に関する暫定措置として昭和三一年二月四日締結された労働協約を新協約締結まで(但し期限を昭和三五年六月末日とする)便用すること。(ここに「便用」とは「実施」の意味であることが、当事者間に了解されている。)

(3) 夏期手当、年末手当および三三年度末手当は引続き誠意をもつて協議決定する。

(4) 事業の公共性に鑑み事業の運営を民主化するよう特段の配慮をすること。

3 ところが昭和三五年五月一一日被申請人は組合に対し前記昭和三一年二月四日締結の労働協約が無効であること及び同三四年一二月二六日に締結された前記協定を破棄する旨の通告をした。そこで組合は即日広島県及び広島県地方労働委員会に対しスト予告の通知をした。これに対し広島県知事が右労働争議のあつせんに着手し、五月一七日被申請人は同月一一日になした協約無効並びに協定破棄の通告を撤回し、組合も前記スト予告を取消した。そして同月二二日、広島県、被申請人および組合の三者よりなる三者協議会が成立し以後労使間の紛争を右三者協議会で協議して解決するという申し合せができた。

4 しかるところ被申請人は同年六月一一日組合支部長である申請人児島に対し、(1)被申請人に雇傭される際経歴を詐称したこと、(2)被申請人から右経歴詐称を指摘されたこと、そなえつけの書類中の履歴書を無断でさし替えたこと、(3)会計係の地位を利用して被申請人の金員を横領したこと、(4)昭和三五年三月三日谷本工業株式会社労働争議の団交にのぞみ勤務しなかつたにかかわらず出勤したように装い不当な賃金を得たことを理由に懲戒解雇の通知をしたので同月一三日組合は再び広島県並びに広島県地方労働委員会にスト予告の通知をした。

5 そして同月二一日に至り、同県知事のあつせんにより労使間に、

(1) 六月一一日になした申請人児島の懲戒解雇の通知六月一三日になした組合のスト予告は九月三〇日まで効力を発生させないことを確認する。

(2) 夏期手当は双方平和的に解決する。九・三割の件についても平和的な進行の中で双方認めるべきは認める。

(3) 新労働協約について両者互譲の精神に則り可及的速かに締結するものとする。

(4) 総ての紛争は三者協議会において相互の立場を尊重し、誠意をもつて速かに処理するものとする。協議の整わないものは一切実施しない。

旨の協定が成立し広島県労政課長後藤忠夫、広島県労会議々長浜本万三立会のもとに右の趣旨を記載した確認書に被申請人側は理事谷本弘が、組合側は組合長佃友一が署名押印した。

6 その後数次にわたつて三者協議会が開かれたが、被申請人の申請人胡子忠義に対する解雇予告の通知及びその撤回、職員二名の採用等をめぐつて次々と争が拡大し、八月二五日遂に広島県が右三者協議会から手を引き広島県地方労働委員会にあつせんを要請するに至つた。そこで被申請人は右三者協議会が解消し、確認事項が実施不能になつたので申請人児島に対する解雇通知の効力が生じたものと認めて同年九月一日以降の給料の支払を停止し現在に至つている。

以上のような事実が疎明される。右認定事実によれば昭和三五年六月二一日成立した協定(確認書)は法律上労働協約の性質を有するものと解されるところ、その第一項においては六月一一日になした申請人児島に対する懲戒解雇の通知は九月三〇日まで効力を発生させないことを確認し同日の経過により当然解雇の効力が発生するかのような表現をとつているのであるが、他方右協定の成立するに至つた事情及びその第四項を考え合せるときは、右第一項の趣旨は、前記三者協議会において右解雇問題を誠意をもつて協議し、なおかつ同日までに協議の整わないときにはじめて右解雇通知の効力が生ずることとなしたものと解すべく誠意ある協議を経ることなく右日時を経過したのみでは右解雇通知の発効を認め得ないものというべきである。けだし、組合支部長たる申請人児島の解雇問題は本件労使紛争の核心を形成するものであり、組合側としては充分なつとくしうる協議を経たる場合はかくべつ、しからずしてたんなる期間の経過により解雇通知を発効せしめるような条項を受けいれるはずがないからである。しかるに本件にあらわれた全疎明によるも三者協議会において申請人児島の解雇問題につき誠意をもつて協議を行つたと見られる事跡なく、かえつて、被申請人側において徒らに争を拡大して協議を紛糾させ、遂に三者協議会をして開催不能の状態に立至らしめたことが一応認められるから右九月三〇日の経過により(それ以前は勿論のこと)右解雇の意思表示が効力を生じたものと解することができない。そうすると申請人児島は現在においても被申請人の従業員としての地位を有するものというべきである。そして、疎明によれば同申請人の一ケ月の平均賃金が金二〇、三三〇円であつてその支払期が毎月二八日であることが一応認められるから、被申請人は申請人に対し、賃金の支払を停止した昭和三五年九月一日以降毎月二八日限り給料として金二〇、三三〇円の支払義務があるものといわなければならない。

(二)  必要性について

疎明によると申請人児島は現在無収入の状態にあり、妻の月額金九、〇〇〇円の給料と借銭により家族三人の生計を立てていることが認められるから申請人児島が地位保全並に賃金支払の仮処分を求める緊急の必要性があるものというべきである。

二、申請人南清澄・同胡子忠義・同綿木信二・同三吉和人・同柏孝行・同田中正典・同沢田正太郎・同南波億美について

(一)  被保全権利について

疎明及び審尋の結果によると次の事実が一応認められる。

1 右申請人等は被申請人の従業員であり、かつ広島一般労働組合広島厚生事業協会支部所属の組合員である。

2 右申請人等は昭和三五年一一月二五日暴力行為等処罰に関する法律違反、又は暴行の罪名で広島地方裁判所に起訴された。そこで被申請人は昭和三五年一二月一三日付書面をもつて被申請人等に対しそれぞれ就業規則第五六条の二第一項第二号により休職にする旨通知した。

3 右就業規則第五六条の二は

職員は左の各号の一に該当する場合は休職とする。

一、病気(公症を除く)欠勤三ケ月を越えるとき、但し結核性疾患については別に定める。

二、刑事々件に関し起訴されたとき、

前項第一号の休職期間は一年とし休職期間が満了したときは自然退職とする。

という内容のものであるが、従来被申請人の就業規則に休職に関する規定が存しなかつたので、被申請人は昭和三五年一〇月三一日の理事会において就業規則の他の二、三の改正と併せて右規定を附加し、同年一一月二五日からこれを施行することとし、更に同月二五日評議員会の決議をも経た。そして被申請人は労働基準法第九〇条第一項にもとずき右改正につき同月二八日頃前記組合に同月三〇日迄に意見を書面で提出すべき旨通知し、同三〇日被申請人経営の病院内の掲示場に右改正就業規則を公示し、同年一二月五日広島労働基準監督署長に右就業規則の改正を届出たものである。しかるところ、就業規則が効力を生ずるためには、従業員に対し労働基準法第一〇六条による周知の方法がとられることは必要ではないというべきであるが、さりとて使用者の手許において作成せられさえすれば、その内容が全く労働者に告知せられなくともこれに対し効力を及ぼすということもできないことは当然であるから、就業規則が労働者に対し発効するためには適宜の方法により労働者に告知せられることを要すると解すべきである。これを本件についてみるに前記就業規則の改正はその施行期日を昭和三五年一一月二五日と定められているけれども、これにつき被申請人が告知の手続をとつたのは同年一一月三〇日における前記病院内掲示場における公示であること前認定により明らかであるから同日をもつて右就業規則改正の効力を生じたものというべきである。

そうすると本件休職処分は右一一月三〇日に効力を生じた就業規則を同月二五日に遡及して適用したことになるわけであるが、かゝる従業員に不利益を及ぼす事項(後記のように休職により申請人等は給料を半減せられ、その実質において毫も懲戒処分と異なるところがない。)につき就業規則を遡及して適用することは条理上許されないものと解すべきであるから、本件休職処分はその効力を有しないものといわなければならない。そして、疎明によれば右申請人等の一ケ月の平均賃金が別表記載の各金額であつてその支払期日が毎月二八日であることが一応認められるから被申請人は申請人等に対し昭和三六年一月一日以降の給料として毎月二八日限り右各金員の支払義務があるものといわなければならない。

(二) 必要性について

疎明によると申請人等は休職給として毎月給料の半額の支給を受けることになるのであるが、いずれも被申請人より受ける給料のほかには格別の収入がなく、右半額の給料のみでは右申請人等が日々の生活にも事欠く状態に立至ることが一応認められるから右申請人等が地位保全並びに賃金支払の仮処分を求める緊急の必要性があるものというべきである。

三、よつて申請人等の各申請を相当と認めてこれを許容し、申請費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 大賀遼作 宮本聖司 長谷喜仁)

(別表省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例